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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

新時代を切り開く
【3S :シンクロ、シェア、センス】


明けましておめでとうございます。本年も相変わりませずご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
 2017年の秋には、「共時性(シンクロニシティ:意味のある偶然の一致)」をテーマとする書籍『“偶然”におまかせ!《楽々シンクロ人生》のすすめ』(ヒカルランド)を出版させていただきました。おかげさまで多くの方から激励のメッセージをいただき、誠にありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。

 50年以上前のことですが、【3S】と称して「スポーツ、セックス、スクリーン」が一世を風靡した時代がありました。現代人の眼から見れば、レベルの低い若者の流行に過ぎないのかもしれませんが、敗戦の痛手から立ち直る過程で、抑圧されていた若者たちの心が、いきいきと本来のエネルギーを回復する上で、必然的に湧き起った、いわば自然治癒力だったのかもしれません。
 しかし、もうそんな時代はとっくの昔に過ぎ去りました。
 新時代をイキイキと生き抜いていく上で、新時代にふさわしい【3S】は何だろうかと思いを巡らせていくと、【シンクロニシティ、シェア、センス】が浮かび上がってまいりました。
 【シンクロニシティ(共時性)】は“天の意識”と“地の意識”そして“人の意識”が共鳴、共振したときに顕現する現象だと思います。
 本誌2017年12月号「バンクシアの響き」、そして拙著『《楽々シンクロ人生》のすすめ』に述べさせていただきましたので、ご参照いただければ幸甚に存じます。

新時代の【3S】:シェア(分かち合い)

そこで新しい時代の【3S】として、まず【シェア】について考えてみたいと思います。
 経済が発展しないと、私たちの生活は変化の乏しい色あせた状態になりますし、発展すれば発展したで環境破壊につながる、という根源的なテーマをかかえているのが現代社会です。
 そのような状況の中で、最近になって、欧米を中心に【シェアリングエコノミー】という名のもとに、新しい市場が開発されつつあると報道されています。
 【シェア】というと、【分かち合う】というイメージが浮かんできますね。
 欧米を中心に広がっている【シェアリングエコノミー】は、個人がもっている車や空き部屋、住宅などの資産をお互いに貸し借りできる、というサービスが基本になっているのだそうです。
 日本でもこのようなサービスが根付くのではないかと考えられていて、そのための規制緩和やルールの整備が行われつつあると言われています。
 私の子どもの頃、「向こう三軒両隣」という言葉がよく使われていて、何かあるごとに“シェア”し合っていたものです。当時、住宅街というと現代都市とは違って、細い道をはさんで小さい家が建ち並んでいるというのが一般的でした。“お隣さん”という言葉で象徴されますように、美味しい料理が出来上がると「いかがですか」と言って、近所の人に差し上げる、そんな親しい関係が出来上がっていたように、子供心に感じていたものです。
 人口の減少が進み、街並みも高層化が進んでいる日本の現代社会では、今までにない柔軟な発想で【シェア】のあり方を考える必要があるのではないでしょうか?
 2050年までに人口が約3000万人減少すると言われていますが、これまでの制度や慣習に縛られることなく、新時代を築いていく必要に迫られているわけです。
 特に高齢化社会の到来とともに、空き家が放置されることによって治安の悪化が懸念されるなど、空き家対策が大きな社会問題になりつつあります。
 最近になって、東京で普通の住宅の空き部屋を宿泊所として提供する「民泊」が解禁されたのだそうですが、そんな今、インターネットを通じて、個人間で余っているもののやり取りをするという【シェアリングエコノミー】に注目が集まり、広がりを見せつつあると報道されています。
 高齢者による交通事故が増加することもあって、近所の人が自家用車を運転して高齢者の送迎を請け負う「ライドシェア」というニーズも発生していると言われています。

新時代の【3S】:センス(情緒)

次いで、もう一つの【S】:【センス(情緒)】について考えてみることにいたします。
 独創性あふれる脳の研究で名高い東京医科歯科大学・角田忠信医学博士は、左脳と右脳の働きそして使い方が言語や民族の違いによって異なるなどなど、脳機能の神秘的な働きを解明されました。
 欧米語を母国語とする西洋人は、“話をしたり計算をしたり”などの論理的な思考は、左脳で行いますが、“泣いたり笑ったり”など喜怒哀楽の声や、“風の音や川のせせらぎ”など自然界の音は、雑音として右脳で処理するのだそうです。
 一方、日本人の場合、論理的な思考は西洋人と同じ左脳で処理をするのですが、喜怒哀楽や自然界の音は雑音としてではなく、言語と同じ左脳で処理するということを明らかにされたのでした。
 すなわち浜辺に打ち寄せる波の音は「ドブン、ドブン」、春の小川は「サラサラ」、風の音は「ヒューヒュー」などなど、自然界の音を雑音として右脳で処理するのではなく、意味のある言葉として左脳で処理しているというわけです。
 日本人は、自然と人間とを明確に区別することなく、お互い一体感のある存在として認識しているのですね。

 *閑さや岩にしみ入る蝉の声
 *五月雨をあつめて早し最上川
 *古池や蛙飛びこむ水の音

 芭蕉の俳句には、いまここにある【現実】と、その背景にある【虚空】の世界が同時に浮かんできて、日本独特の何とも言えない風情が感じられ、私たちのセンスに訴えかける力が大きいのではないでしょうか?
 世界的な数学者として名高い岡 潔博士は、【20世紀は物理学の世紀であった。その物理学は何であったのか】と問いかけ、【それに二つのことがあった】として、次のように述べておられます。
 ・・・・・・一つは「破壊」である。原爆や水爆の開発を見ればわかるだろう。もう一つの仕事が「機械的操作」だった。いま大きな話題になっているIT革命、遺伝子治療、ロボット開発など、どれをとっても「機械的操作」で、「創造」の仕事にはほとんど手を貸してはいない。「葉緑素」ひとつ「創造」することができないでいるのである・・・・・・
 以上につきましては、岡 潔「情緒の教育」燈影社・序文(国際日本文化研究センター名誉教授・山折 哲雄氏)より引用させていただきました。
 「自然科学はもう少し謙虚であっていい」と主張されていた岡先生が、いつも口癖のように言っておられたことが「情」の大切さ、「情緒」「人情」の重要性ということでした。
 人間の教育にとって最も根源的なものであると生涯言い続けておられたのだそうです。
 【3S】の一つである【センス=情緒】が学問の世界でも重要な役割を果たしているというのですから、これからの学問の進化が楽しみですね。